沖田さんはよく笑う人だ。
そして晴れの日が、とても似合う人だと思った。
「沖田さんは晴男ですね」
私は目の前で団子を頬張る長身の男にそう告げる。
沖田さんは萌黄色の目を細め、そうかな、と笑った。
この沖田さんという人は、私の家の団子屋さんによく顔を出してくれるお客さんで。
生まれは江戸らしいけれど、仕事の都合で最近京都に来たのだと話してくれた。
それ以上は知らない。
名前は何と言うのか、だとか。
何をしている人なのか、だとか。
聞けばいつも巧妙な話術ではぐらかされるばかりで、私は彼の事を何一つとして知らないのだ。
名字だって、彼が同僚と話している所を耳にしたからで、聞いたって教えてくれなかっただろう。
「私が沖田さんとお会いするのって、晴れの日ばかりですもの」
「そりゃあ、雨の日にお団子なんて食べにこないからだよ」
沖田さんはくすくすと笑う。
生まれが良いのか、日常のふとした仕草にもどこか品を感じる。
「ちゃんて、時々突拍子もない事を言うね」
そのくせ彼は、私の事は常連さんらしく名前で呼ぶ。
「僕はどちらかと言われれば雨男だよ」
その日の夜は、土砂降りだった。
夜が深まった頃。
雨だという事をすっかり忘れて友達とおしゃべりをしていて、つい話しこんでしまった。
急ぎ足になるが、雨水で着物の裾がまとわりついて思うように走れない。
「お父さんに怒られるなぁ」
そうぼやいていると、一本の細い路地の前に差しかかる。
「・・・ここを通っていくと早いんだけど・・・」
ただでさえ雨で外に出ている人が少ないのに、更に人気がないのだ。
私は一瞬だけ躊躇ったが、意を決して路地に足を踏み入れた。
中ほどまで走ってきた所で、奇妙な血なまぐささが口と鼻を塞ぐ。
雨で洗い流せない程の鉄分のにおいに足を止めたが、遅かった。
暗闇の先で、蠢いている何かを見つけてしまった。
体格からして男だろうか、複数人の男達が何かを取り囲んでいて。
その男達は老人のような白髪に浅葱色の羽織―――壬生の浪士、新撰組の羽織を纏っていた。
―――新撰組はやはり人斬り集団だったんだ。
浅葱色の集団は、一人の人間―――恐らく、男の人だろう、を襲っていた。
早く逃げろと頭の中で警鐘が鳴り響く。
和傘を握る手が震える。
襲われた人は、もはや人であったのかも分からない程に何度も何度も斬り刻まれており。
辺り一面に赤い水たまりを作っていた。
それだけではない。
更に異常なのは、男達がその赤い水をすすっている事だ。
「―――ひッ!」
しまった、と思った時は既に遅く。
男達はぐりん、と不気味に首をこちらに向けて、歯を剥き出して笑った。
ゆっくりと私に近づいてくる。
逃げなきゃいけないのに、足が竦んで動けない。
近頃、京都の街で辻斬りが頻発している事は知っていた。
両親にも日が暮れてからの外出は控えるように言われていたのだ。
でも。
心の中のどこかでは、自分は大丈夫だろうと思っていた。
―――殺される!
男が刀を振りかぶり襲いかかってきた瞬間、その胸を銀色の刃が貫いた。
刀を引きぬき、続けざまに繰り出される斬撃が、一人二人と男達を斬り伏せていき。
血しぶきが舞い、ぱたぱたと私の足袋に赤い華が咲いていく。
動かなくなった男達を呆然と見つめる。
やがて、ゆっくりと顔を上げるとそこに立っていた人物に目を見開く。
手の中から傘が滑り落ちて、血溜まりに落ちる。
「おき・・・た、さん・・・?」
そこに立っていたのは、昼間に家で団子を食べていた男だった。
昼間と違ったのは、返り血がたっぷりついた浅葱色の羽織を着ている事と刀を握っている事と。
頭のてっぺんから足のつま先まで雨に濡れていた。
「だから言ったじゃないか」
沖田さんはくすくすと笑う。
「僕は雨男だって」
人を斬ったというのに。
昼間とあまりにも同じに笑うから。
私はその笑顔に恐怖を覚えた。
「ああ、履物が汚れてしまったね」
そんなそんなそんな。
あの沖田さんがあの人斬り集団だなんて。
奥歯ががちがちと震える。
沖田さんの笑顔が雨に塗りつぶされていく。
沖田さんはよく笑う人だった。
そして雨の日が、とても似合う人だと思った。