「室長、起きて下さい」
机に突っ伏してマヌケな寝息を立てる、我らが科学班の長であり室長のコムイ・リー。
書類の整頓や情報の解析が私の仕事なんですが、最近の仕事はこの室長を起こす事が主になりつつあります。
「コムイ室長、起きて下さい」
体を揺さぶってみても変わらず寝息をたてる。
ぶっちゃけ仕事じゃなけりゃこのまま永遠に眠らせてやりたい。
でも仕事の中には室長のサインがいるものがあるため、そうはいかなかったりする。
「室長、起きて下さいよー仕事が大雪山並にあるんですから夢から帰ってきて下さいよー」
「・・・ぐー・・」
「背中に氷入れられたく無かったら起きて下さーい」
「・・・がー・・・・・」
「オデコに「肉」って書いちゃいますよー」
「ぐ・・・・」
「・・・職務怠慢もいい加減にしろよ、シスコン」
「ぐがっ?!・・・・・ぐー・・・」
ここでやっと微妙な反応を表してくれたが、起床まで及ばず。
「お、
。また戦ってたのか」
両手一杯に紙の束を抱えた班長のリーバーさんが室長室に入ってきた。
「あ、リーバーさん。ホラ、室長。起きて下さいよ。次の仕事が来ましたよー早く片付けないとエベレスト山になりますよ」
「あ。こっちの書類、判子押し終わってるみたいだから持ってくぞ」
「え?!この巻き毛・・・また私の仕事後回しに・・・!!起きてください!!そして私の書類に判子押して下さい!!」
「
・・・この人には起こし方があるんだって、言ってるだろ?」
「・・・分かってます」
ため息をつきながらリーバーさんは容赦なく机の上に束を乗せた。
そして、室長の耳元に顔を近づけると
「室長、リナリーが結婚するんだってさ」
と呟いた。
「リ、リナリィィィイイ!!!お兄ちゃんに黙って結婚だなんてッ!!相手は誰だ!!ブッ殺してやるぁああああ!!」
途端に室長はドリルのようなものを取り出し暴れ狂う。
「「おはようございます」」
・・・今のところコレ以外で起きたという記録は無い。
「コレなら一発だろ?どうして使わないんだよ」
「あ・・・他のだと起きるのかなーって、一種の研究というか・・・」
「研究なんてやってる場合じゃないだろ・・・この人の仕事が終わらないとお前も休めないんだから」
「うーん・・・そうなんですよねぇ・・・」
「仕事も大事だけど、ちゃんと休めよ」
「はーい」
リーバーさんはそう言うと私の頭を乱雑に撫でて戻っていった。
一人で起こせないといけないんだけどなぁ・・・
「一人で出来ないと駄目だって事くらい分かってるんだけどなー」
「何がだい?」
知らず内に口に出していたらしく、室長が怪訝そうに私の顔を覗いてきた。
「わわ!!お、脅かさないで下さいよ!!」
「あはは、ごめんごめん。で、何が駄目なの?」
「いや・・・だから、えーっと・・・室長を一人で起こせないと、何かえーっと・・・駄目だなーっていうか・・・・・・私、コーヒー淹れて来ます!」
早口でそれだけ告げると、私は部屋から逃げるように出た。
この人は「リナリーが結婚」と言えば起きる。
・・・そんな事は知ってる。
何度かその言葉で起こそうと試みた事はある。
でも、どうしてもその言葉が言えない。
理由としては、私は室長が好きだったりする。
シスコンだし、自力で起きれないし。本当にどうしようもない人だけれど。
ぶっちゃけウィークポイントしか挙げれなくて、何で好きなのか聞かれたら激しく困るけど、好きなんです。
その言葉を使うって事は結局は妹のリナリーじゃないと起こせない、という事になるから、悔しくて嫌なのだ。
「あーあ・・・」
「
」
トレイにコーヒーを乗せて室長室に戻ろうとした所でリーバーさんとすれ違った。
「あ、リーバーさん」
「室長のコーヒーか?」
「はい。リーバーさんも飲みます?飲むんだったら後で持って行きますよ」
「じゃあ頼むわ」
「はいはーい」
コーヒーを持って戻ると、室長は早くもさっきより僅かに減った紙の山に埋もれて眠っていた。
「・・・・・寝てるし・・・室長、コーヒー持って来ましたよ。起きて下さい」
「・・・ぴー」
「コーヒーぶっかけますよー」
「・・・・・こー・・・」
一向に起きない室長の様子に溜息をつく。
「あーもう・・・折角淹れたのに冷めちゃうよ・・・」
徐々に湯気が見えなくなっていくコーヒー。
「・・・冷めちゃうから先にリーバーさんに持っていこうかな・・・」
本日何度目なのか、また溜息をつき、室長の前から踵を返した。
その瞬間、羽織っていた上着の裾が引っ張られる感覚を感じて振り返った。
「・・・・・
、ストップ」
上半身を机から乗り出して、上着の裾を掴む室長の目は確かに開いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おはようございます・・・っていうか、室長!起きようと思えば起きれるじゃないですか!」
「・・・・・・・・・ぐー・・・」
「褒めた矢先に寝るなーーーーー!!!・・・・・あーあ」
起こす事を半ば諦め、近くの椅子に腰をかけた。
「・・・リナリーとコーヒーのためなら起きれるんだよなぁ」
そうぼやきながら室長のコーヒーを飲んでやった。
・・・凄く不毛な感じがする。
最近の仕事といえば室長を起こす仕事しかしてない気がするし。(38勝負20引き分け18敗北)
何か私の仕事はいつも後回しにされるし。
この人は妹以外、何も見てないし。
何でこんな人、好きになったんだろう。
さらに言えば地位的にも私とは月とスッポン、ツキノワグマとミカヅキモといった所だ。
「というか・・・寝すぎでしょう」
「だって、僕を起こすのは
の仕事でしょ?」
顔を上げると室長が頬杖をしてこっちを見ていた。
「あれ、寝てたんじゃないんですか?」
「寝たフリ、寝たフリ」
そう言いながら席を立ち、私の手のマグカップを奪いそれを飲み干した。
「そんな事してる暇があったら、仕事片付けて下さいよ。私、いつになったら次の仕事に移れるんですか」
「この仕事が終わったら、
は帰っちゃうんでしょ」
「ま、まぁ・・・そりゃそうですけど・・・」
「わざと
の書類、後回しにしてたって言ったら怒る?」
「はぁ?!わざと?!室長の嫌がらせで私の仕事が・・・・・」
さっき私が帰っちゃう、みたいな事言ってたよな・・・
で、それがわざとって・・・
「・・・・・えーと・・・仕事が・・・」
「
って鈍い方かな」
意味を理解して顔赤らめる私を室長が楽しそうに眺めている。
「別に鈍くないです!意味が分かっても、自分の口から言えるわけないじゃないですか!」
「まぁ、そうだよね」
「・・・全く、どういう神経してるんですか」
「ははは。ごめん、ごめん。僕は
の事、好きだよ。好きな子はいじめたくもなるでしょ」
「・・・・・何か悔しいけど、私もですよ」
「・・・ぐー・・」
「室長、起きて下さい」
今日も机に突っ伏してマヌケな寝息を立てる、室長のコムイ・リー。
「・・・がー・・・・・」
「ほら、まだまだ睡眠に到達するには早すぎますよ」
「ぐ・・・・」
「ちゃんとやらないと、永遠に終わんないですよー」
「・・・ぴー」
「早く起きないと首、へし折っちゃいますよ」
「・・・・・こー・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・ぐー・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・リーバーさんの所に行っちゃおうかな」
「・・・ちょっと待った、
」
「おはようございます、室長」
そしてそんな彼を起こすのが私の仕事です。
加筆・訂正・・・2011/10/1